ツツジ森

これでもかというくらい咲き乱れるツツジのトンネルを抜けると、大きな岩があった。
肌の荒いその岩の上で、僕らはお弁当を食べた。

遠足で来た山麓の岩上は、見晴らしも気持ちもよくて
座った足をプラプラと

ペチャクチャペチャクチャ
おにぎりにウインナー、卵焼きとを交換したり

ペチャクチャペチャクチャ
カラーボールでキャッチボールをしたり

ペチャクチャペチャクチャ
飛び越せる小さな沢でカニをとったり

ペチャクチャペチャクチャ
300円をオーバーしたお菓子と赤白帽

かがめば犬の視線
ねっ転がれば虫の視線

派手な花々が散った次の季節
5月は特に、かがんだ世界がきれいよね


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【スンスンスン、犬の気持ち】



福岡県の田舎町。
僕の故郷は、とにかくツツジが多い町。

ツツジ森には誰が最初に開拓したのか、ちゃんと入り口があって、次々に僕らをとり込んでいく。

光をたくさん浴びようと生い茂ったツツジの木の下は、ひんやりと薄暗く。
不安と期待が続くトンネルはメルヘンの世界で。
その世界は分岐し、また繋がり、広場があったりして。

両手でかき分けかがみながら進む僕らは、だんだん森の一部になり。

だけどツツジ森はちゃんと出口を用意してくれていた。
やがていろんな出口から、木の葉やクモの巣にまみれガサゴソと顔を出した。

それは僕らにとって日常で、当たり前の世界だった。


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【近所の川端の遊歩道】



教育実習生として、母校の小学校で先生をしていたある昼休みのこと。

クラスの全員で始めた鬼ごっこは、僕が鬼で、生徒全員を捕まえるというシンプルな遊びだった。

捕まった生徒に復活権はなく、全員が捕まるまで飼育小屋の前でうさぎと鶏の観察をしていなければならないので(ありけんルール)、生徒は皆本気で逃げた。

中庭には逃げ場所がたくさんあって、大きな滑り台とトンネル付きのアスレッチック山なんかは絶好だった。

「せんせー、虹の橋の向こうは行ったらいかんっちゃろ?」
「せんせー、トイレいきたーい」
「せんせー、あたし逃げたくない〜」
「せんせー、お宮はいいと?」
「せんせー、せんせー、せんせー、、、」

つべこべ言わずせんせーはカウントを始めるのである。

「ハイ!10、9、8、7、、」

うわぁぁぁぁーーーーー

まさにクモの子散らし。
かわいいったらありゃしない。

子供達はそれぞれ物陰やアスレチック山の頂上などから、この距離ならば、とこちらを伺っている。

狙いをつけて深呼吸したせんせーは、「どおりゃぁぁぁー」と本気でかけてゆく。

うわぁぁぁぁーーーーー
再び、クモの子散らし。

あっと言う間にほとんどの生徒を捕まえるのだが、残りわずかとなってからが難しい。
『隠れるセンス』を持ったやつがいるんだ。

せんせーはアスレチック山から鷹のように中庭を見渡すが、ちびウサギ達はどこに潜んでいるのか、なかなか見つからない。

早々に捕まった子供達は飽きてつまらなくなり、犬猫のようにジャレたり花を摘んだりしている。

そのうちこんなことを言ってきたりする。
「せんせー、あたし知っとうよ、よしむら君たちね、ツツジの中にいるよ。あっちだよ」

「みさとちゃん。告げ口をするような人になったらいかん。わかった?」

頭を撫で終えたせんせーは、もちろんツツジの群生に向かって歩いてゆく。


中庭には囲うようにツツジの群生があった。

淡い赤、ピンクに白、まだらにストライプ。
みずみずしく着飾るツツジ群は大人の背丈近くもあり、近づくとマングローブのような木枝で侵入を拒んだ。

しかしよくみると、所どころ木立の下の方に穴があいていて、子供達がズリズリと出入りするため地面は削れていて、その動物の巣のような入り口は、せんせーを懐かしくさせた。


ツツジ森だ。

かがんで覗き込んでみる。

薄暗い木立のトンネルからは、ひんやりと懐かしい森のにおい。

生い茂ってる表面とは違って木立の中はすっきりしているものの、狭すぎて入れない。
というか大変そうで入る気もしない。

僕にとってそこにあったのは、冒険やメルヘンの世界の入り口ではなく、ただの木立の隙間だった。

こんなにも見え方が変わるものなのか。

ツツジ森は、もう僕を受け付けてなかった。


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次の日から鬼ごっこのルールが変わった。

『ツツジ地帯侵入禁止』

当然ブーブー騒ぐ子供達に『捕まっても、誰かが助けにくれば復活してよい権』を与えなければならなくなった。

この復活権は、後にありけん先生を派手に疲れさせることになる。


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【雨上がり】



『となりのトトロ』を連想する。

きっと子供は、大人には使えない魔法を持っている。
その魔法を持ってして、大人には見えない、感じ得ない世界に入ったり見たりすることができるのだろう。

あの時若いせんせーがショックだったのは、自分が子供の頃に当然のように使っていた魔法の存在に気づき、同時になくしてしまっていたことも知ったからだろう。


大人になるにつれて、身につけてきた物となくした物。
身につけてきた物はわかりやすいけど、なくしてきた物はわかりにくい。


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【ピイピイ草。種を取って半分に切って笛にするのです。】




午後の遊歩道は平和で、ベンチではおじい達もさらにぼーっとなっている。

さらに進むとやがて左手にツツジ群。

たまにはかがんで、犬の気持ち。

魔法はとっくにないけれど、それでも今なりに感じてみるのです。





【ツツジ森  おわり  】




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【遊歩道脇の地味な木の、地味な花。虫の気持ち】



僕の実家の近く(福岡県)、若杉山の山麓に『恵山閣』という大きな建物があった(今は老人ホーム)。
本文最初の遠足シーンは、ツツジが有名な恵山閣の敷地がモデルです。

当時ここでは鶏(チャボ)が放し飼いにされていて、半野生化した鶏が「ポケコッコー」と頭上をバサバサと飛んでいました。

「ニワトリって飛ぶんだ…」

子供心に刷り込まれたこの事実は、成長過程においてありけんに試練を与えることになる。
どこで話しても、誰も信じてくれない上に嘘つき呼ばわりされたのです。

そのうち自分もめんどくさくなって、次第に「鶏は飛ばない。…でいいか」となってしまった。

これも、大人になるときになくしてしまった物の一つかもしれません。


皆さん、鶏は空を飛ぶのです!
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by a-kessay | 2008-04-30 06:58
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